ブッダガヤは通常は7月下旬から9月中旬までがモンスーン(雨季)のシーズンです。
ベンガル湾からオディッシャ(オリッサ州)に吹き上げる水分をたっぷり含んだ雨雲が、それまでの乾燥した大地に恵みの雨をもたらしあたり一面に緑を蘇らせてくれる、ほとんどのインド人にとっていちばん好きな、待ち望んでいる季節です。
上の写真は8月25日に撮影した日本寺本堂裏の様子。
この写真に映った3種類の8月の代表的な花々に番号に従ってご参照下さい。
①:本堂壁の前に2本並び立った樹
②:その手前の緑地の中の矩形の区画
③:左手前の赤い花
① アショカ樹(Saraca asoca/Saraca indica)
アソカ樹。マメ科サカラ属の常緑樹。漢訳では無憂樹・無憂華とも呼ばれインドの四聖樹(アショカ・ニグローダ(バニヤン)・ピパル(菩提樹)・サール(沙羅)のうちのひとつ。四聖樹はそのまま仏教の四大聖樹で、仏伝によれば、臨月を控えたお釈迦様の母君マヤ夫人は、この樹の花を取ろうとして右手を挙げたときに産気づき、お釈迦様が産まれたといわれます。
お釈迦様の誕生された月暦ヴァイサク月は夏真っ盛りで、ちょうど黄色から赤橙色の花(花弁は退化していて無いため花に見えるのは萼の部分ですが)が鮮やかに色づき、眼を魅きます。その後の熱風期に花は萎れますが、モンスーンになると息を吹き返し再び花萼が芽吹きます。 8月はその萼の新芽(右上楕円の中)が芽生える時です。
原種名でも植物学的にサーラカ(マメイバラ)属のため、音ではサール(沙羅)と間違えやすいので、サーラカは苗字・アショカは名前と覚えるのも便法。
歴史上はじめてインドを統一したアショカ王の名前はこの花からとったものか?
語源;ア(ない)ソーク(憂い)で、英語名もそのままSorrowless Tree.、大王の称号にふさわしいかも知れません。
② カマル(Kamal)
カマルはハス(蓮)の総称。この種類はコカー(kokaa)と呼び、花色からラール・カマル(Lal kamal=赤い蓮)とも呼ぶ。大賀ハスである。英語名ではRed Water Lily。味気ない上に百合まがいの命名にセンスを疑います。
1970年(昭和45年)2月、『千葉県の縄文時代の泥炭層から発掘された2000年前の3粒のハスの種のうち一粒だけ生きていたのを大賀博士が発芽に成功された大賀ハスです。お釈迦様の地への里帰りに』と、日本寺建設の嚆矢の建造物で僧坊となる「国際仏教会館」が竣工した折の落成法要に日本の奈良から参加された方からお祝いとして贈呈された一粒の種を育てたもの。
日の出時の開花から午前の早い時間には花弁がピンクだが、陽が高くなるに従って青みを増しつつ得も云われぬ蓮華色に変わっていき、陽の傾く夕方に花弁を閉じ、また翌朝にはピンクで咲く。このカマルは陽が昇ると花弁が閉じてしまうということはなく、一日じゅう開いています。
たった一粒の種から大賀博士が再生に成功したこの世界最古の花の系統は、再生に成功した昭和27年(1952年)から半世紀以上の間に日本じゅうの北から南まで頒布され栽培されて「大賀ハス」の名を広める間に、生育環境による影響か交雑か?長い日本列島の土地土地によって花弁の形や色、葉色に異同が見えるが、比較的に南の緯度に位置する地方で栽培された種は資料写真で見る原形に近いインド種と同じ尖形花弁を保っています。
余談ながら、野菜など日本から持ち込んだタネ(種)を現地の気候に任せて栽培を繰り返すうちに果たして『これが、あれか?』とにわかに信じがたいほど色・形を変えるケースが珍しくないのと同様なのかも知れません。
③ムナ(Muna)
1株で丈・拡がりとも5mていどに伸び広がる常緑潅木。英語でハミングバード叢(Hummingbird bush)と呼ばれているようにハチドリのくちばしを思わせる花形だが、花のサイズは日本寺にときどき飛来するハチ鳥そのもの嘴より大きい。
日本寺に実際に蝶々やハチドリが蜜を吸いに来る花の盛りは7月から9月中旬あたりのモンスーン終期まで。
系統的にコーヒー(coffee)属ルビアセアイ(Rubiaceae)科でもあり、学名hameria patensと呼ぶように遠目には花型を派手に大きく見せているものの、bushの名があるように実際は複数が密集している形態のフィンガーブランチ(指枝)の一つあたり通常3つほど咲く(ブッダガヤでは最成長期には7つほど)からで、花萼上=トランペット下の脹らみに果汁豊かな黄緑の実殻をつけたあと徐々に茶色から黒褐色に変る頃には辛子粒ほどの種が殻の中に無数につきます。
コーヒー・ファミリーの種とは云え、この粒々の実はコーヒーの代用にはなり得ませんでした。
トラトゥヴァ(ジャタンとも)
南回帰線に連なるいわゆるガンジス・ベルト(ガンジス河流域帯)の邸宅や施設などで庭を区切る線ライン代わりの植え込みによく使われる常緑の藪潅木。日本寺境内にある附属の児童教育施設「菩提樹学園」の園舎と園庭の区画分けに植えられています。
元種がもともとこの地方のジャングルの藪に生えていた成り立ちから環境適応力に優れており、挿し木でも容易につくほか乾燥・高温など過酷な気象条件化でも繁殖力が強い。 そのため共に勤勉几帳面な菩提樹学園の用務員と勤勉な日本寺の専門園丁がほぼ3~4日おきに懸命にトリミング(刈り込み)するので常に新鮮なライトグリーンの新芽に覆われて気持ちが良いが、お蔭で、放っておけばイギリスのプラント・ハンターたちにブライダル・ベール(Bridal veil=花嫁の覆い紗)とか 微笑み招く森のニンフ(Nodding Clerodendron),、ときめく胸(Bleeding heart)などと名付けたほどに魅了された、一面に広く可憐に連なる小さな白い花(右の写真)のベールが無限に連なり咲くさまを見ることは望めません。この魅力に無関心なイギリス人あるいはジャングルの開墾に追い回されるイギリスの庭男・森林労働者たちは、その旺盛な繁殖力に音をあげて、魔女のご挨拶(Witch’s bower)という意味で、木陰の貴婦人のご挨拶(Wallich’s glory bower )と呼んでいました。